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名古屋高等裁判所 昭和22年(ナ)45号 判決

原告

矢野定見

被告

岐阜縣選擧管理委員會

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十二年五月二十六日なした「昭和二十二年四月三十日執行の岐阜市選擧區岐阜縣會議員選擧は無効ではない」との決定はこれを取消す。右の選擧は無効である。訴訟費用は被告の負擔とする。

事實

原告訴訟代理人はその請求の原因として、昭和二十二年四月三十日執行の岐阜市選擧區岐阜縣會議員選擧に關する候補者一覺表は被告により同年四月二十四五日頃岐阜市内各世帶に配布された。ところが右一覽表に誤りがあるとして候補者杉山慶治、上野文一の二名の政黨所屬につき正誤表(甲第一號證)を作成し、これを選擧前夜たる四月二十九日夜から當日たる三十日朝にかけて自治會長を通じて市内各世帶に配布した。而して右正誤表はさきの一覽表の全記載を表示してそれについて正誤を明にしたものでなく右二名の候補者のみをかかげ、しかも單に正誤表と記載したのみで何人にも了解し得るような訂正文句は全然なく一知半解の一般市民には正誤表に記載された杉山上野の二候補者のみの氏名を認識させるに役立つ種類のものである。しかも右正誤表によつて訂正された政黨所屬に關しては、これにかかげられた候補者において全然重要性を置かず、候補者上野文一の如きは、四月二十九日の岐阜タイムス紙上における廣告においても、自己の所屬政黨を明かにしていないくらいであつて、その上野が選擧前日の午後一覽表記載の誤りについて被告に抗議を申込んだという被告の主張のごときは全く信じ得ないことである。なほ被告は右正誤表の配布方法として岐阜市役所使丁をして各自治會長宅に持參せしめ、これをして町内に配布せしめたのである。自治會長は選擧事務從事者でないのみならず、從前の町内會が改組の途上にあるため前町内會長がそのままその職務を行つているものが大部分で、その大多數はいわゆる追放者であり公職に就くことを禁止されている者も多いのであつて、かかるものを選擧事務に關與させたということは不當というよりも違法というべきである。しかも自治會長は町内の有力者であり彼等が正誤表配布のため各戸を訪問するときは如何なる言動が行われるか想像に餘りあるものがあり、事實、中には相當の言動をなしたものも存在する。それで心ある自治會長の中には被告がかかる非常識な正誤表の配布方を申入れたのに驚いて、事の重大性を慮り、これを配布しなかつたものもあるくらいである。かくてこの正誤表の配布によつて政治的知識のひくい一般市民は、これらの者に投票すべしという命令的な意味に解したもの甚だ多く、特にこのことは前記のような配布方法によつて一そう強められたのである。およそ選擧管理委員會は選擧にのぞんで、すべての候補者に對し公平な態度をとるべきであり、一覽表に誤りがあるときは少くとも前に配布した一覽表と同一のものに正誤を明かにすべきであつて特定の人物のみを記載したものを配布するときは、同委員會の權威によつて公平を缺く結果を生ずる。そこで右選擧における選擧人である原告はかかる不公平な被告の措置を前提とする選擧は無効であると確信し右の選擧に關し被告委員會に異議の申立をしたところ、被告委員會は同年五月二十六日充分の審理をつくさずして前記載のような決定をし、右決定書は同年五月二十九日原告に送逹されたので、こゝに本訴請求に及んだ次第であると陳述し、立證として甲第一號證を提出し、證人山本幸一の訊問を求めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負擔とする。」との判決を求め、答辯として、原告主張の選擧において被告が議員候補者氏名一覽表及びその正誤表を選擧人の屬する世帶に配布したことは事實であるが、右の内、議員候補者氏名一覽表は四月二十八日午前九時より一齊に配布に着手し、その正誤表は二十九日午後二時半頃から準備に着手して同日午後九時三十分頃配布を完了したのであつて、右正誤表が前町内會長を通じて有權者に配布せられた事實は認める。而して右候補者一覽表の作成は法の命ずるところではなく、選擧に當つての一の便宜處置として行われたものであつて、縣會議員選擧立候補屆出の締切期日たる四月二十三日現在を以て印刷にかかつたのであるが、何分全縣下にわたつての仕事であるから準備に忙殺され岐阜市では前記のように四月二十八日午前九時から一齊に配布したのである。ところが翌二十九日午後二時三十分頃上野選擧事務所から電話で同人の所屬政黨に誤りがあることを指摘されたので、被告委員會はさらに全候補者に付て再度の調査をした結果、杉山慶治の所屬政黨にも誤りがあることを發見し、即時右二名の分の訂正に着手し、迅速に正誤表の配布を完了したわけであつて、誤りを發見した場合可能な限り直にこれを訂正することはむしろ選擧の公正な執行をはかるために被告のとるべき當然の措置で何等違法ではない。なお原告が被告管理委員會に對し異議申立をし、被告がそれに對しその主張のような決定をしたことは認めるが前記正誤表が有權者に與へた影響及びその他右選擧に關し被告が不公平な取扱をしたという點についての原告主張事實はすべてこれを否認すると述べ、立證として證人宗宮惣一の訊問を求め、甲第一號證の成立を認めた。

理由

原告が昭和二十二年四月三十日執行の岐阜市選擧區同縣會議員選擧における岐阜市選擧區の選擧人であつて所定期間内にその主張のような理由によつて右の選擧が無効であるとして、被告委員會に異議の申立をしたところ、被告委員會は同年五月二十六日右の選擧は無効でないという旨の決定をし、その決定書が同月二十九月原告に送逹されたこと、並びに右選擧について被告管理委員會から黨派別を示した候補者氏名一覽表が有權者一般に配布せられ、その後候補者杉山慶治、上野文一の二名につき、所屬黨派についての候補者一覽表正誤表(甲第一號證)が、舊町内會長を通じて有權者に配布せられたことは、當事者に爭のないところである。しかして證人宗宮惣一の證言によれば右候補者一覽表は四月二十八日午前九時から二十九日午前中に一般有權者に配布せられたところ、翌二十九日午後二時三十分頃候補者上野文一からその所屬黨派の記載に誤りがある旨の指摘を受け、さらに一覽表全部を精査したところ、杉山慶治の所屬黨派の記載にも誤りがあることを發見したので、時間切迫且用紙不足の折柄とて、急ぎ右二名につきその黨派別記載を訂正する正誤表を印刷し、同日中にこれを配布したいきさつが認められる。さて地方自治法第七十二條は普通地方公共團體の議會の議員選擧について衆議院議員選擧法第百四十條第四項の規定を準用していないから、被告委員會は議員候補者の氏名等を記載したいわゆる候補者一覽表を發行することを要するわけではないが、これを禁ずる趣旨とは解せられないから、選擧についての措置としてこれを作成配布することは何等妨げないものというべきであり、それを作成配布した以上、これに誤りがあることを發見したばあい特にそれが重要事項であるようなときは、直にこれが訂正の方法を講ずべきは當然である。本件は前記のように黨派別に誤りがあつたというのであつて候補者の黨派別は選擧人にとつて選擧の一の目標となるものであるから、たとえその候補者自身において重視していなかつたとしても、選擧管理委員會としてはこれが訂正をしなければならぬことは勿論である。ただその訂正は愼重になされねばならぬ。地方自治法第七十二條によつて準用せられる衆議院議員選擧法第九十九條により選擧管理委員會はその關係區域内の選擧運動を禁ぜられているから、もし右の訂正が特定の候補者のために訂正に名を借りた文書その他による選擧運動というようなものであれば、委員各自が刑事責任を負うのみでなく、選擧管理委員會自體として選擧に關する規定に違反したものとして、選擧の無効を來す場合があるものというべきであろう。

ところで本件については、前にのべたように右の訂正は正誤表の作成配布によつてなされたのであつて、その正誤表は成立に爭のない甲第一號證によると、「昭和二十二年四月三十日執行岐阜縣會議員候補者一覽表正誤表」という見出しで、

誤正

黨派別 氏名 黨派別 氏名

上段末尾 無所屬杉山慶治(スギヤマケイジ)民主黨杉山慶治(スギヤマケイジ)

下段四人目 無所屬上野文一(ウエノブンイチ)民主黨上野文一(ウエノブンイチ)

と普通の活字で印刷してある縱四寸五分橫三寸位の小紙片で普通こういう一覽表が訂正される場合の正誤表と格別かわつたところがない。これは前に配布せられた候補者一覽表と同樣のものについて正誤を明かにした場合に比べて事の性質上右二名の候補者を讀者に多少強く印象させることになるかも知れないが、右の正誤表が多くの有權者に對し杉山、上野二候補者に投票すべしという命令的な意味に解せられたという點については原告の立證は不十分であつてそれを肯定するわけにはいかない。そうして宗宮證人の前記證言によれば右正誤表は時日切迫のため候補者一覽表のようなものを作成しているよゆうがなかつたことが明かであるから本件のような正誤表を作成配布したというだけでは選擧運動をしたということにならないのみならず右のような事情の下においてなされたそのような訂正が他の訂正方法に比べて有權者に對しその二名をより多く認識させることになつたとしてもそれだけで選擧の規定に違反したものとしてこれを無効とするわけにはいかない。

また前記正誤表を舊町内會長を通じて配布させたという點についても單にそれだけで選擧運動又はその類似行爲と見ることはできない。なおそれ等舊町内會長の中に右正誤表配布に際して不當な言動をしたものがあつたということについては何等の立證がないのみならず假にそのような事實があつたとしても被告委員會がそれをさせたとか、そうすることを知りながらこれに依囑したということでない以上これを被告委員會の選擧運動等とすることはできない。これを要するに以上説明のように行われた本件候補者一覽表正誤表配布の事實によつて選擧の規定に違反したと認めるに足らないから、原告の請求は理由なきものとして棄却すべきである。よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決する。

(藤江 茶谷 白木)

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